肝と肝臓では通じている部分もありますが、現在とは異なる中医学の考えもあります。

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・血を蔵する

「人動なればすなわち血は諸経に運び、人静なればすなわち血は肝の臓に帰す」からも肝は血液を貯蔵する臓器であり、血の量を調整している臓器であることがわかります。肝の機能が低下すると血が巡らず、栄養がいきわたらないため目、筋肉、生理に影響が及びます。

西洋医学的にみても肝臓は血液を貯蔵する機能があります。肝臓の重さは体重の50分の1しかありませんが、血液の10分の1の量に相当する血液を含んでいる臓器です。また肝臓は伸び縮みし、さらに500mLから1リットルもの血液を貯めておくこともできます。肝臓に流れ込んでくる血液量で考えると、1分間に肝動脈から300mL、門脈から1,000mL、合計で1,300mLの血液が肝臓に入り込み、これは心臓が1分間に送り出す血液量の4分の1となります。これらからも肝は血を蔵するといえます。

肝疾患の検査値の1つにプロトロンビン時間というものがあります。プロトロンビン時間というのは血液凝固因子に関する検査値です。肝臓では血液凝固因子を生成しており、肝機能が悪くなるとその数値が高くなります。肝不全になると血液が固まりにくくなるということです。肝機能の検査値の1つである、血液凝固因子に関するプロトロンビン時間からも肝と血は深い関わりがあることがわかります。

・疏泄・条達を主る(つかさどる)

“疎”は通す、“泄”は押し出すという意味があり、疏泄というのは“細かいところに流す”こと。“条”にはえだ、のびのびする、“達”には道を通すといい意味があり、木の枝のように、細いところまでのびのびと気をとおしてくれることです。肝は細かい気血の流れを調整しています。心にも“血脈を主る”作用はありますが、これは血の大きな流れは心が働き、毛細血管の細かい流れは肝が調整しているということです。

 驚いたときに顔が真っ青になり、そういうときに“肝が冷える”と表現します。これは肝の働きをよく表している言葉だと思います。驚くことで肝の働きが低下し、血の細かい流れを調整することができなくなるため、顔が真っ青になるのです。反対にイライラしたり、興奮したりしているときは肝の働きが高ぶっているため、顔が赤くなります。

肝の疏泄・条達の毛細血管の流れを整えている作用は肝硬変のときにみることができます。肝硬変、つまり肝臓が機能しなくなると様々な症状があらわれます。黄疸、腹水・浮腫、門脈圧亢進、食道胃静脈瘤、肝性脳症などがあります。肝臓の働きをみる検査値としてはAST、ALT、コリンエステラーゼ、アルブミン、アンモニア、プロトロンビン時間などがあげられます。ここで注目したいのはアルブミンです。アルブミンは肝臓でつくられるタンパク質です。アルブミンは身体の栄養状態をあらわす指標であり、それが低ければ陰血不足と捉えることができます。重要になるのがアルブミンの働きです。一般社団法人日本血液製造協会のシトには“アルブミンの働きは、主に次に述べる①水分を保持し、血液を正常に循環させるための浸透圧の維持と、②体内のいろいろな物と結合し、これを目的地に運ぶ運搬作用があります。”とあります。“血液を正常に循環させるため”と書いてあります。アルブミンは膠質浸透圧を維持する成分で血管に水を留める作用があります。肝硬変にてアルブミンをつくれなくなると、膠質浸透圧を維持することができなくなり、浮腫・腹水が生じてきます。つまり肝が機能不全に陥ると、血管のなかに血・水分を留めることができず、末梢まで正常に血液を循環させることができなくなります。肝硬変のアルブミン低値の例から、循環血液量を維持し、末梢まで血液を正常に運ぶ作用は肝の疏泄・条達の作用を思わせます。

肝の疏泄・条達の作用によって全身に気・血が巡り、正常に機能することができます。疏泄が正常に機能しくなると流れが滞り、張ったような痛みなどがあらわれます。

・筋を主る

脾は“肌肉”を主るに対し、肝は“筋”を主ります。疏泄・条達の働きからも肝は細かい流れを調整していることがわかります。脾が筋肉のボリュームを増やすのに対し、肝が筋肉の動きを担当しています。肝の機能が低下すると筋肉の細かい動きを調整できずに痙攣、ふるえなどの症状があらわれます。実際に瞼の痙攣、まぶたがピクピクするときに抑肝散という肝の働きを調整する漢方薬が使用されることもあります(“眼瞼痙攣の治療Ten Tips and Tricks for the Successful Treatment of Blepharospasm“https://ci.nii.ac.jp/naid/130006321830)

貧血の症状の1つにこむら返りがあります。貧血という(肝)血虚の状態とこむら返りという筋肉の痙攣が関連があることからも肝と筋がつながりがあります。足がつる症状は血虚の1つと考えられ、養血の四物湯でこむら返りの予防ができるという研究もあり、肝血を養うことが筋肉にも影響を与えていることがわかります。https://ci.nii.ac.jp/naid/130005108247

肝の筋肉への影響は肝不全のときにもみられます。肝性脳症という肝臓の機能不全が脳へ影響を与えると、羽ばたき振戦という症状があらわれることもあります。振戦というのは筋肉のふるえのことです。

痙攣のような急迫的な症状は漢方では“風”と表現します。風は血虚により生じやすくなります(血虚生風)。厥陰肝は中気を風(太陽は寒水、陽明は燥、少陽は火、太陰は湿、少陰は熱、厥陰は風)としており、血虚によって風が起こりやすくなります。風というのは急迫的な症状のことで痙攣以外にもてんかん、頭痛、イライラなども風に当てはまります。イライラ、不安、認知症の周辺症状の抑制につかわれる抑肝散には当帰が入っています。当帰は養血の生薬でイライラ・不安と関係がなさそうに見えますが、当帰によって養血し、血が動揺しないようにし、風の発生を予防する目的のためで配合されています。

・女子は肝をもって本となす、女子は血をもって本となす

女性には生理・妊娠があり、血・肝が大きく関わっていることを示しています。肝の血を蔵する作用と疏泄条達の働きからも生理につながりがあることがわかります。肝臓は血液凝固因子を生成している臓器であり、血液の凝固と関連があります。女性は生理にて常に血が不足しやすい状況にあり、肝血不足から生理不順・生理が来なくなる恐れがあります。肝血がスムーズにめぐっていなければ瘀血という血の滞りやすい状況になり、生理血に血の塊ができ、血を出し切れていない感じ、ひどくなれば子宮内膜症・チョコレート嚢胞となります。肝は血だけでなく、疏泄条達と気のめぐりに関わっています。女性は血が少なく、気が多くなりやすい状況からも生理前にイライラしたり、胸が張ったり、頭痛など(いわゆるPMS)の症状にもつながります。生理、妊娠に悩みがあれば肝の働きについても考える必要があります。

西洋医学においても肝臓と女性ホルモンはつながりがあります。女性ホルモンであるエストロゲンは卵巣で生成されますが、分解されるのは肝臓です。肝臓に異常があるとエストロゲンを分解することができず、男性では女性化乳房という乳房が腫れてくる症状がでてくることがあります。妊娠・不妊に肝腎が強く関わっていることがわかります。

ほかにも肝臓と子宮につながりがあることがわかる疾患にフィッツ・ヒュー・カーティス(Fitz-Hugh-Curtis) 症候群があります。クラミジアなどの病原体が女性生殖器から腹腔に入り、肝臓に達し、肝臓周囲炎を起こす疾患です。治療自体は抗生剤の投与で改善されるようですが、生殖器と肝臓と離れた臓器でも病原体を介して、炎症を起こすことからも肝・子宮はつながりがみてとれます。

・肝脾不和

肝とほかの蔵は相関がありますが、ここでは脾との関連について考えたいと思います。脾というのは西洋医学でいう脾臓だけを意味している言葉ではありません。脾というのは広い意味では消化吸収機能全般をあらわし、胃・十二指腸・膵臓・脾臓・小腸・大腸を包括しています。肝脾不和というのは肝(イライラ・不安・ストレス)が脾(消化吸収機能)に影響し、腹痛・下痢を起こすことを意味しています。

仕事や試験などプレッシャー、ストレスがかかる状況でお腹が痛くなったり、緩くなったり、便秘になったりした経験はありませんか?イライラ・不安・ストレスの精神症状は肝の働きが過度になった状態であり、それが脾の消化吸収機能を失調させ、腹痛・下痢・便秘となります。最近では過敏性腸症候群(IBS)といいますが、漢方の世界では肝脾不和として知られています。精神がお腹に影響を与えていることを漢方においては昔からわかっていたのです。

肝脾不和の状態をより詳細に考えてみます。肝臓にはほかの臓器と異なり、門脈が流れ込んでいます。門脈というのは特殊な血液の流れです。通常血液は心臓→臓器→心臓と流れていますが、門脈と介する流れは心臓→腸→門脈→肝臓→心臓となっています。門脈というのは腸から吸い上げた栄養や毒を含んだ血液が肝臓へ向かう血管のことです。肝臓にて栄養を代謝し、解毒します。門脈は腸と肝臓をつないでいる細い血管の集まりであるため、門脈が正常に流れなければ腸管に影響を与えます。肝の疏泄が機能せず、門脈の腸から肝臓へ血液がスムーズに流れなければ、腸管のほうで血液・水が鬱滞し、腸が浮腫むことにつながります。ダニエル・キーオン著『閃めく経絡』では“外科医が腸管がむくんだり腫れたりしていることを指摘し、腸を押すと、小さな圧痕ができ、体液が絞り出てきた。外科医は「これはIBSでよく見られる」と言った”と書いてあります。これはまさに肝の疏泄失調、肝気の鬱滞が脾(消化吸収機能)へ影響を与えていること、つまり肝脾不和が解剖学的にも見られたことを示していると考えられます。

・目に開竅する

肝の状態は目にあらわれるということ。肝血が足りていない状態であれば目がかすんだり、肝に熱があるときは目が充血したりします。目が疲れ、夕方になるとピントが合わずぼやける方に使われる杞菊地黄丸には枸杞(クコ)の実が入っています。クコの実には肝血を養う成分が入っているため、疲れ目などに使うことができます。

ただ実際には肝だけでなく、ほかの臓の影響もあり、「目がかすんでいるから肝血が不足している」と判断することはできず、総合的に考慮する必要があります。

・その華は爪

肝血の状態は爪にあわられるということ。

・涙は肝液

肝は目に開竅しており、肝の影響で目が乾燥するなどの症状があらわれます。涙液が出づらくなる疾患にシェーングレン症候群があります。シェーングレン症候群では涙液、唾液が出づらくなることから肝腎陰虚と考えることができます。

・怒 

怒。イライラの症状のある時によくつかわれるのは抑“肝”散です。さらにイライラが強いのであれば肝火を冷ます漢方薬として竜胆瀉“肝”湯があります。

ダニエール・キーオン著『閃めく経絡』ではイライラの原因はヒスタミンではないかと指摘しています。ヒスタミンは主に肝臓で分解されることから、肝が正常に機能していなければヒスタミンが増加します。著書では“イライラ感のホルモンはある。それはヒスタミンだ。、、、感情を円滑に流れるようにする肝の能力は、ヒスタミンや他の関連物質を血液から除去する能力に左右される”と説明しています。実際に抗ヒスタミン薬には沈静作用があることが知られています。ドラッグストアでも販売されている睡眠改善薬にドリエルというものがあります。ドリエルには睡眠導入剤の成分が入っているのではなく、抗ヒスタミン薬、いわゆるアレルギー薬が入っています。アレルギー薬の副作用である沈静・眠気を利用した睡眠改善薬です。第一世代抗ヒスタミン薬は脳に移行しやすく、H1受容体に働きを抑制し、沈静・眠気を起こします。抗ヒスタミン薬は肝を抑える薬と捉えることができ、その結果怒が抑制され、沈静へと働きます。肝と筋が関連がある話は前述していますが、抗ヒスタミン薬から筋との関連がみてとれます。第一世代抗ヒスタミン薬の副作用には眠気だけでなく、痙攣、振戦、てんかんの既往がある方へ注意が必要になります。ポララミンの添付文書には“低出生体重児、新生児には投与しないこと。[中枢神経系興奮等の抗コリン作用に対する感受性が高く、痙攣等の重篤な反応があらわれるおそれがある。]”、ザジテンの禁忌の事項には“てんかん又はその既往歴のある患者”とあります。抗ヒスタミン薬によって肝を抑制する→肝が筋を制御できなくなる→痙攣、振戦、てんかんへとつながっています。

反対に肝の働きを誘導する薬について考えてみます。肝の機能がよくなるということは酵素(CYP)の働きがよくなると捉えることができます。酵素誘導する薬剤はいくつか存在し、フェニトイン、フェノバルビタール、カルバマゼピン、サプリメントではセントジョーンズワートがあります。フェニトイン、フェノバルビタール、カルバマゼピンは抗てんかん薬として有名でてんかんの予防につかわれます。てんかんは急迫的な筋肉の硬直であり、肝風の症状です。フェニトイン、フェノバルビタール、カルバマゼピンは肝風を熄風することでてんかんを予防し、肝の働きが活発になった結果、酵素が活性化、酵素誘導されていると捉えることができます。セントジョーンズワートはヨーロッパでは古来から心を穏やかにする民間療法としてつかわれてきた植物です。肝が正常に機能しなければイライラ・不安があらわれます。セントジョーンズワートは気持ちを穏やかにすることから、肝の働きを活発にしていると考えられ、その結果酵素が誘導されています。てんかんの予防、心を穏やかにするということは肝の働きを活発にしていると捉えることができ、その結果CYPという主に肝臓に存在する酵素が誘導されているのは興味深いです。

・五色

・五味

酸味

・季節

春。木々が成長する時期。木がのびやかに枝葉をのばしいく様子は、肝の毛細血管の細かいところまで気機を運んでいく様子と似ています。

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