肺
肺は西洋での肺臓と同じように呼吸の機能と中医学特有の機能があります。
・気を主る。
肺は気を主るのは西洋でも同じ考えです。“気”という言葉がわかりにくいのであれば、空“気”とするとわかりやすくなります(気は空“気”、元“気”など様々な言葉に置き換えることができるが、ここではわかりやすいように空気とする)。肺は空気から酸素を受け取り、全身に巡らせています。そのため肺は“呼吸の気を主る”や全身に酸素を送るため“一身の気を主る”ともいいます。
漢方としての気の生成経路は脾から送られてきた栄養源(水穀の精微)と肺の大気中から取り込んだ清気が合わさり、気がつくられます。肺の機能が低下すると気を生成することができなくなり、その影響は全身へ波及します。
・百脈を朝じる
“朝じる”というのは“集める”という意味です。肺は百脈を集めている臓です。百脈を集めるのは心臓のイメージがありますが、“心は血脈を主る”という別の言葉があります。実際に肺が百脈を朝じているのは西洋医学でも共通の認識です。心臓の血液の流れを考えるとわかりやすいと思います。血液の循環は以下の通りです。
左心室→大動脈→全身→大静脈→右心房→右心室→肺動脈→肺→肺静脈→左心房→左心室→大動脈→全身
と、循環しています。この流れから血液は心臓にも集まっていますが、その血液は酸素と二酸化炭素を入れ替えるために肺もめぐっています。これから肺は百脈を朝じていることがわかります。
・宣散(宣発)・粛降を主る
宣散とは気・水を全身へ散布させる能力のこと(血は心が全身へ送ります)。イメージは上へ外へ霧のようにです(「上焦は霧のごとし」)。気は肺によって全身へ送られ、衛気は体表を巡ります。運動をすると呼吸をたくさんするようになりますが、それは全身へ気を送っているためです。
粛降は宣散とは逆に下へ降ろす作用のことです。気を腎へ、津液を膀胱へ向かわせます。粛降は深呼吸をイメージするとわかりやすいです。息を吸って、ゆっくり息を出すことで気分が落ち着きます。これは肺の粛降によって気が下へ向かっているからです。ほかにも呼吸を大事にしている運動にヨガがあります。ヨガでは息をゆっくり吸い、ゆっくり息を出します。肺気をしっかり使うことで気がめぐり、気分が落ち着きます。
肺の宣散と粛降にて気を全身へ散布しています。
・肺は行水を主る。水道の通調を主る。
「肺は水の上源たり」、「肺は行水を主る」というように水の巡りに肺が関与しています。水といえば腎が思い浮かぶと思いますが、腎だけでなく、肺や脾も水のめぐりに大きく関連しています。
漢方において水のめぐりは脾胃から吸収され、肺の宣散にて全身に送り、粛降にて津液を膀胱(腎)へ集め、膀胱の気化にて尿となり排出されます。脾胃の力が弱ければ水飲は身体に停滞してしまいますし、肺が弱ければ全身へめぐらず、腎がよわければ排出することができなくなります。
西洋医学的にみても肺と水はつながりがあります。腎不全になり、水分を排出できなくなると肺に水が溜まります。心臓が悪くなると肺での血液の動きが悪くなっていまい、肺に水があふれだします。水の停滞と肺は関連があります。
生理活性物質の面からみても肺が水分をコントロールしていることがわかります。レニン・アギオテンシン系には肺の酵素が関わっています。アンギオテンシノーゲンはレニンにてアンギオテンシンⅠになります。アンギオテンシンⅠはACE(アンギオテンシン変換酵素)にてアンギオテンシンⅡになります。アンギオテンシンⅡはAT1受容体に働くとアルドステロン分泌促進につながり、Naの再吸収促進、水・体液量増加、血圧上昇へと展開していきます。血圧上昇を防ぐためにつくられたものがACEI(ACE阻害薬)であり、副作用として空咳を引き起こします。実はこのACEは主に肺に存在しています。肺にある酵素によってアルドステロンはコントロールされ、Naの再吸収・水分量のコントロールがされていることからも肺が水道を通調していることがわかります。
・合は皮毛である
肺と皮毛、つまり肺と皮膚とはつながっていること。肺の作用によって肌まで気を巡らせ、バリア機能を果たします(衛気)。肺の衛気によるバリア機能はかぜを引くと実感します。かぜをひくと咳がでたり、のどがイガイガしたり、鼻水がでたりします。咳やのどは肺の領域であり、鼻水がでる鼻は肺が開竅しているところであり、かぜの症状は肺と関連があります。
肺と肌は強いつながりがあるため、肺の力が衰えると気が皮膚を巡らず、乾燥したり、風邪ひいたりなど、外邪が侵入されやすくなったりします。
漢方の世界では肺と皮膚は関連していることは説明しましたが、その考えは実際に西洋医学的にもあてはまります。ある研究では、喘息が持続する危険因子の1つとしてアトピー性皮膚炎をあげています。喘息は“肺”の疾患で、アトピー性皮膚炎は“皮膚”の疾患ですが、ここでも肺と皮膚の関連がみられます。アレルギーを生じる部位が肺なのか、皮膚なのかの違いによって喘息かアトピー性皮膚炎かあらわれ方が異なります。
・鼻に開竅する
肺の影響は顔の中では鼻にあらわれます。かぜをひいたときのことを考えるとイメージできます。かぜをひくと肺・のどに影響を与え、咳・のどのイガイガなどの症状がでます。それ以外にも鼻水がでます。鼻は肺が開竅しているところであり、かぜからも肺と鼻のつながりをみることができます。
・涕(てい)は肺液である
涕とは鼻を潤している液体のことです。肺の調子が悪くなると涕を過剰に潤し、鼻汁になりますし、肺が乾燥すると鼻も乾燥します。
・志は憂である
肺は悲優の影響を受け、肺の失調時は悲憂の感情が生まれやすい。
・肺は五臓の華蓋(かがい)である
肺は五臓のなかでも1番上に存在し、華蓋(笠のこと)のようにほかの臓器を外邪から守っていること。風邪などの外邪(風、寒、暑、湿、燥、熱)が体表から侵入してきたとき、まず肺に入ってきます。風邪が侵入し、かぜを引くと鼻汁、咳など肺の失調がみられます。
『傷寒論』では太陽病の初期では衛気がめぐらなくなり、悪寒があることから“太陽病、或已発熱、或未発熱、必悪寒”とあります。衛気と関連が深いのは肺であり、風寒による風邪も肺と関連しています。
呉鞠通の書いた『温病条弁』では温病は上焦からはじまり、中焦・下焦へと進行していくをテーマとしており、傷寒でも温病でも病気の始まりは肺が深く関わっています。
・五色
白
・五味
辛
・季節
秋。収斂の時期
肺の季節は秋です。肺には宣散・粛降の作用があると説明しましたが、秋という季節に肺の粛降がしっかり働くことで冬を担当している腎へバトンタッチします。つまり秋は肺をしっかり使う必要があるということです。でないと、身体の下に位置する腎につなぐことができません。
秋といえば収穫の秋ということで、歴史的にも稲刈りなどしっかり身体を使う機会が多かったと想像できます。稲を刈り、呼吸をしっかりすることで肺気をめぐらせます。現在では稲刈りをする機会は減りましたが、秋には運動会が開かれます。秋に十分な運動をすることで腎へとつなぐ大事な季節となっています。