『傷寒論』『金匱要略』の五苓散の条文すべて解説

五苓散について書いてある『傷寒論』『金匱要略』の条文すべてピックアップしました。

『傷寒論』『金匱要略』条文を見る前に、五苓散の働きについて考えたいと思います。

現在では五苓散はむくみ、二日酔い、嘔吐・下痢証、脳浮腫などにつかわれますが、漢方的にみると五苓散は表と膀胱に働く漢方薬といえます。

『傷寒論』『金匱要略』では水が身体に蓄積する原因として膀胱の気化失調が考えられます。そこで漢方での膀胱の働きについて3つ重要なことがあります。

1つは膀胱は州都之官といい、尿を蓄える腑であることです。尿を蓄積する部位であることは現代でも同じです。

2つ目は、膀胱は腎と表裏をなし、腎の気化によって、水がめぐることで排尿となることです。腎と膀胱は表裏の関係であり、太陽病においては太陽膀胱経についての弁病であるため、腎の気化ではなく、膀胱の気化と表現します。

3つ目は膀胱(腎)の気化によって排尿につながるだけでなく、水が全身にめぐるようになることです。膀胱(腎)の気化ができなければ、身体に水が循環せず、膀胱に水があっても口が渇きます。気化ができなれば口が渇くだけでなく、排尿にもつながりません。

以上をまとめると、

・膀胱は尿を蓄えます

・膀胱(腎)の気化によって排尿となります

・反対に膀胱(腎)の気化が正常でなければ、排尿できません。水がめぐらず、口も渇きます

以上を踏まえ、条文をみていきましょう。

 

太陽病中篇71条

「太陽病、発汗後、大汗出、胃中乾、煩躁不得眠、欲得飲水者、少少与飲之、令胃気和則愈。若脉浮、小便不利、微熱、消渇者、五苓散主之。」

太陽病蓄水証としてつかわれる五苓散の条文です。この条文の前半はいわゆる脱水の症状を示しています。太陽病でたくさん汗をかき、胃が乾くことで煩躁(いらいらしてじっとしていられない)し、寝ることができません。そのときは水を少し与えてあげることで胃気が和し、癒えます。

条文の後半では、脈浮からも病邪が表に残っていること示唆されています。邪が表だけに残っているのかというと、そうではありません。この条文では小便不利・消渇の症状があります。小便不利、消渇からも膀胱に邪がいることが推測されます。膀胱は水府であり、津液を気化することで水が全身をめぐり、膀胱から尿を排出することができます。膀胱の気化失調によって水が口までめぐらないため、いくら水を飲んでものどは乾き(消渇)、小便もでにくくなります。これらの症状から邪は太陽の腑の膀胱にも邪があることがわかります。脈浮の太陽表の邪と、太陽経の腑の膀胱の邪(いわゆる太陽病蓄水証)の表裏証に対応するために五苓散を使います。

五苓散は桂皮(桂枝)・白朮・茯苓・沢瀉・猪苓から構成されています。

桂皮は表証の邪に対応するためと、気を動かすことで水を動かしやすくするために入っています。

白朮・茯苓・沢瀉・猪苓の利水剤にて津液をめぐらせます。『中薬学』では茯苓・沢瀉・猪苓は淡味の生薬であり、その淡い味をもって淡滲利水します。白朮は利水と健脾を兼ねた生薬であり、脾の運化も助けます。

五苓散を構成している生薬はすべて甘味をもっています。漢方において味は重要であり、例えば苦味の生薬は燥湿の性質をもっていることが多いです。反対に甘味の生薬は潤す作用があり、利水の生薬であっても陰を傷つけずに用いることができます。

有名なフロセミドと五苓散の実験があります。浮腫んでいる状態にフロセミド、五苓散をつかうともちろんどちらも尿量は増えます。脱水の状態に服用するとどうなるでしょうか?フロセミドは脱水の状態であっても尿量は増え、五苓散では尿量が増えなかったといわれています。五苓散が脱水のときに服用しても尿量が増えなかった理由は何でしょうか?それは五苓散がすべて甘味をもった生薬から構成されているため、陰を傷つけることがなかったと考えています。

太陽病中篇72条

「発汗已、脉浮数、煩渇者、五苓散主之。」

発汗し、脈が浮いていることから表証が残り、脈数からも熱証であることがわかります。さらに煩渇(いらいらして、熱があって、口が大変渇く)があるときは五苓散か白虎湯か判断が難しいのですが、小便不利があれば五苓散、小便自利であれば白虎湯かと考えられます。

太陽病中篇73条

「傷寒、汗出而渇者、五苓散主之。不渇者、茯苓甘草湯主之。」

蓄水証でも五苓散と茯苓甘草湯の違いを述べた条文です。

五苓散と茯苓甘草の違いは口渇があるか、ないかです。前述しましたが、五苓散は膀胱の気化失調による蓄水証であるため、水が口までめぐらず、口渇が生じ、小便不利になります。

茯苓甘草湯は脾胃の虚による蓄水証であるため、口渇、小便不利もありません。茯苓甘草湯は茯苓・甘草・桂枝(桂皮)・生姜から構成されており、猪苓・沢瀉は入っていません。同じ水滞症であっても、口渇や小便不利があるかどうかで膀胱の気化失調か、脾胃の虚から運化・昇清ができていなのか、判断できます。

太陽病中篇74条

「中風、発熱六七日不解而煩、有表裏証、渇欲飲水、水入則吐者、名曰水逆、五苓散主之。」

中風(風邪・寒邪などの外邪が侵入すること)になり、発熱し、6、7日経過しても治らず、悶々とし、水を飲みたがるが、水を飲むと吐くときは水逆といい、表裏証があり五苓散を使います。

6,7日しても不解からも依然として表証が残っていることがわかります。五苓散を使うことからも膀胱の気化失調があると考えられ、蓄水証で身体に水が大量にため込まれているのですが、口まで津液がめぐらないため口渇が生じます。膀胱の気化失調で口渇があり、水を欲するのですが、身体には大量の水が溜まっているため、飲んだ水を受け入れられず、すぐに吐き出してしまします。こういった症状を水逆といい、五苓散で利水します。

通常の考えであれば口が水を欲しているときは水分不足と思われがちですが、身体に水が溜まっていても口渇があるというのが興味深いです。口渇、小便不利が五苓散を使うポイントです。

太陽病下篇141条

「病在陽、応以汗解之。反以冷水潠之。若潅之、其熱被劫不得去、彌更益煩、肉上粟起、意欲飲水、反不渇者、服文蛤散。若不差者、与五苓散。」

潠(そん:水を吹きかける) ,潅(そそぐ),粟起(ぞくき:とりはだが立つ)

邪が太陽経にあるときは桂枝湯や麻黄湯で発汗して邪を解す必要がありますが、冷水を吹きかけたり、冷水をかけることで邪が外に出ていくことができず、熱を体内から出すことができなくなります。冷水によって身体のなかに閉じ込められた熱によってますます悶え、熱が逃げようと鳥肌が立ちます。水を飲みたいと思うが、かえって口渇がないときは文蛤散をつかいます。それで改善しないときは五苓散をつかいます。

蛤は地中の黒い土の中に潜んでいる貝であるため腎水を補う作用があり、腎陰を補います。文蛤散で腎水を補っても効果がなければ膀胱の気化失調と考えられ、五苓散をつかいます。

熱があるからといって、氷枕などで冷やすのことは反って熱が身体にこもり、邪を追い出すことができなくなります。氷枕などで身体を強制的に冷やすことがいいことなのか考えさせられます。

太陽病下篇156条

「以下之、故心下痞。与瀉心湯、痞不解。其人渇而口燥煩、小便不利者、五苓散主之。一方云、忍之一日乃愈。」

太陽病を誤って下すことで脾胃が損傷し、心下痞(みぞおちの痞え)が生じます。心下痞に対する代表方剤は半夏瀉心湯であり、それをつかっても癒えないときがあります。心下痞があっても、口渇、小便不利があるときは、邪が太陽の腑の膀胱に影響を与え、膀胱の気化失調となっています。膀胱の気化失調のときは五苓散をつかいます。心下痞があっても、ほかの症状から病状を正確に判断する必要があります。

陽明病244条

「太陽病、寸緩、関浮、尺弱、其人発熱汗出、復悪寒、不嘔、但心下痞者、此以医下之也。如其不下者、病人不悪寒而渇者、此転属陽明也。小便数者、大便必鞕、不更衣十日、無所苦也。渇欲飲水、少少与之、但以法救之。渇者、宜五苓散。」

太陽病で発熱し、汗がでて、悪寒があり、吐き気がないときに判断を誤って瀉法をつかい、脾胃の虚から心下痞となります。心下痞となった場合は半夏瀉心湯をつかいます。瀉法をつかっていないのに悪寒がなくなり、口渇がでてきたときは太陽病から陽明病に移行してきています。病位が表にないため寒気はせず、陽明は闔で、熱がこもるところになるため胃が乾き、口渇が生じてきます。胃の熱から脾が乾燥しているため、水を正常に吸収できず、小便の数が多くなり、便が乾燥して固くなります。この場合は脾約という状態で麻子仁丸がつかわれます。口渇があり、水を欲しがるときは胃の渇きがあるため少しずつ与えると症状は改善します。口渇の改善がみられないときは胃の渇きではなく、膀胱の気化失調による口渇と考えられるため五苓散をつかいます。温病で口渇が強いときは五汁飲がつかわれます。

霍乱病篇386条

「霍乱、頭痛、発熱、身疼痛、熱多欲飲水者、五苓散主之。寒多不用水者、理中丸主之。」

霍乱(嘔吐・下痢を伴う症状)、頭痛。発熱、身体の痛み、熱が多く、水を欲するときは五苓散をつかいます。寒さが多く、水を必要としないときは理中丸(人参湯)をつかいます。

霍乱という嘔吐下痢証のときの条文です。『傷寒論』は六経弁証で太陽、陽明、少陽、太陰、少陰、厥陰について詳細に説明してありますが、最後に霍乱病というものについて記載されています。嘔吐下痢の霍乱病のとき、熱が多く水を欲しがるときは膀胱の気化失調と考えられるため五苓散をつかいます。実際に現代でもこれは応用され、ノロウイルスなどの嘔吐下痢証のときに五苓散がつかわれます。ウイルス、細菌の感染症のときは下痢がひどくても、腸にウイルスが残存しないように下痢止めをつかうことができません。しかし下痢の症状は抑える必要があります。下痢という腸に過剰にたまる水分に対応して利水剤の五苓散をつかいます。小児では五苓散の座薬までつくっているところもあります。

熱と口渇の五苓散と反対に冷えと水を必要としないときは人参湯をつかいます。冷えと脾胃の弱さから下痢になっているためお腹を温め、脾胃の働きを強くするのが人参湯です。

痰飲咳嗽病脈証并

「仮令痩人、臍下有悸、吐涎沫而癲眩、此水也、五苓散主之。」

もし水飲が停滞していると、痩せていれば臍の下を抑えると動悸を打っているのを確認でき、溜まった水飲が口からあふれ、よだれとなり、頭へいくとめまいとなります。それらの症状はすべて水が原因であるため、利水剤の五苓散をつかいます。

消渇小便不利淋病脈証并

「脈浮、小便不利、微熱消渇者、宜小便発汗、五苓散主之。」

脈が浮いていることから表証があり、小便不利、微熱、消渇があるときは太陽表に残存した邪と、太陽経の腑の膀胱の気化失調による症状であるため、利小便、発汗をかねた五苓散をつかいます。五苓散に発汗のイメージはあまりないかもしれませんが、桂枝(桂皮)が入っているため発汗作用があり、表の邪にと膀胱経の内側の邪に対応した方剤です。

消渇小便不利淋病脈証并治

「渇欲飲水、水入則吐者、名曰水逆、五苓散主之。」

口渇があり、水を飲んでもすぐに吐いてしまうときは体内に水が溜まった蓄水証であり、そのような水逆のときは五苓散をつかいます。

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次