枳実(キジツ)の働きを『神農本草経』から考えたいと思います。
枳実とよく似たものに枳殻(キコク)があります。どちらも基原はダイダイであり、夏至前に採取したものが幼果で小さなものが枳実、秋季に採取した成熟果実で大きなものが枳殻です。
違いとしては枳実の方が作用が峻烈で、枳殻がやや緩和されたものとし、ほぼ同じ扱いとされています。
実際に医療用のエキス顆粒製剤でも、原典では枳殻と書いてあっても、エキス顆粒には枳実が入っているものがほとんどです。
現代中医学
気味:苦 微寒
帰経・脾・胃・大腸
効能:破気消積、化痰消痞
古典
気味:苦 寒<神農本草経>
帰経:膀胱・小腸・三焦
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『神農本草経』、それを解説した『葉天士解本草』には枳実と枳殻で分けて解説してあり、ここでは枳実について説明します。『神農本草経』
『神農本草経』
“気寒。味苦。無毒。主大風在皮膚中如麻豆苦痒。除寒熱結。止痢。長肌肉。利五蔵。益気軽身。”
と書かれています。
『葉天士解本草』
“気寒。稟天冬寒之水気。入手太陽寒水膀胱経、手太陽寒水小腸経。味苦無毒。得地南方之火味。入手少陽相火三焦。気味倶降。陰也。
太陽主表。経行身表。為外藩者也。大風在皮膚中如麻豆苦痒者。皮毛患大麻風也。其主之者。
枳実入太陽。苦寒清湿熱也。小腸為寒水之経。丙火之府。寒熱結者。寒熱之邪結于小腸也。其主之者。
苦以洩結也。小腸為受盛之府。化物出焉。受物不化。則滞而成痢。枳実苦寒下洩。所以止痢。
太陰脾主肌肉。乃湿土之蔵也。土湿則脾困。而肌肉不生。枳実入小腸膀胱。苦寒湿熱。所以脾土燥而肌肉長也。
三焦人身一大腔子也。苦寒清三焦之相火。火息則陰足。而五蔵皆安也。益気者。
枳実洩滞気。而正気受益也。軽身者。邪去積消。則正気流通而身軽也。”
と書かれています。
↓で『神農本草経』と『葉天士解本草』を照らし合わせて、作用を考えます。
気寒。味苦。無毒。
“気寒。稟天冬寒之水気。入手太陽寒水膀胱経、手太陽寒水小腸経。味苦無毒。得地南方之火味。入手少陽相火三焦。気味倶降。陰也。”
枳実は気寒から太陽膀胱経、太陽小腸経に入り、苦味から少陽三焦経に入り、気味ともに降りる、下向きベクトルに働く生薬です。
主大風在皮膚中如麻豆苦痒。
“太陽主表。経行身表。為外藩者也。大風在皮膚中如麻豆苦痒者。皮毛患大麻風也。其主之者。”
枳実の説明ですが、枳実の作用を緩和したものが枳殻です。枳実・枳殻ともに太陽経に入る生薬であり、表に風が侵入することでかゆみが生じます。枳実・枳殻は太陽経に入ることで痒みに使うことができます。皮膚疾患で枳実をつかったものは少ないですが、荊防敗毒散のような敗毒湯や荊芥連翹湯には枳殻が入っています。
除寒熱結。
“枳実入太陽。苦寒清湿熱也。小腸為寒水之経。丙火之府。寒熱結者。寒熱之邪結于小腸也。其主之者。”
枳実は太陽経に入る生薬薬です。枳実は苦寒にて泄熱燥湿します。少陽は火の腑であり、小腸の寒と熱が結ばれた邪を解きます。大承気湯、枳実消痞丸、茯苓飲は枳実の結邪を苦寒をもって除く作用を意図して使われていると考えられます。
止痢。
“苦以洩結也。小腸為受盛之府。化物出焉。受物不化。則滞而成痢。枳実苦寒下洩。所以止痢。”
枳実の苦味によって結を解きます。小腸は受盛之官で化物出ず腑であり、それができなくなると停滞し、下痢となります。枳実の苦寒をもって下向きに結したものを引っ張ってくることで下痢が止まります。枳実導滞丸がこのような使われ方をしています。
長肌肉。
“太陰脾主肌肉。乃湿土之蔵也。土湿則脾困。而肌肉不生。枳実入小腸膀胱。苦寒湿熱。所以脾土燥而肌肉長也。”
太陰脾経は肌肉を主り、湿土の蔵です。湿によって脾の機能は失調し、肌肉を栄えられなくなります。枳実は太陽膀胱経・小腸経に入ることで苦寒にて湿熱を去ることで、脾土は乾燥し、肌肉を長じることができるようになります。枳実自体に脾を補う作用があるわけではなく、苦寒にて清熱燥湿することで結果的に脾の働きが活発化します。
利五蔵。
“三焦人身一大腔子也。苦寒清三焦之相火。火息則陰足。而五蔵皆安也。”
三焦は津液が流れるところであり、細胞間隙やリンパ、腹膜ともいわれます。三焦の一部分である腹膜は内臓を包み込んでいます。枳実の苦寒をもって、三焦の相火を清することで五臓の安定につながります。三焦の相火を消すということで大柴胡湯に枳実が入っています。
益気軽身。
“益気者。枳実洩滞気。而正気受益也。軽身者。邪去積消。則正気流通而身軽也。”
枳実は滞っている気を下に引っ張っていくことで気を益します。積聚が消えることで邪が去り、気が正しく流れ、身軽につながります。枳実の作用は“補”気ではなく、“益”気と表現しており、枳実消痞丸、枳実芍薬散、温胆湯のようにお腹に滞っている積聚を解くことで気機の流通が正常になり、結果的に気が益されるようになります。