遠志でオンジと読みます。最近では”中年期以降の物忘れの改善”の生薬として注目を集めています。
『神農本草経』の遠志の効能にも” 耳目聡明不忘”と書かれ、1800年以上前からそのような効果があることはわかっていたようです。
遠志はイトヒメハギの根皮です。根皮であるため、根の芯が抜かれ、中が空洞のいわゆるストローやパイプのような形の生薬です。中空のパイプの構造からも、肺・心の上焦と下焦の腎をパイプでつないでいる印象があります。上と下をつなぐパイプの形から心と腎を交わらせる作用が想像できます。
パイプの形から管を通すように、詰まっているものを通す働きもあります。『神農本草経』にも「利九竅」とあり、竅を通利します。竅に詰まっている痰をとりのぞくことから定癇丸、地黄飲子にも使われています。
麻黄も同じく中空の管の形状をした生薬で、皮膚の汗の穴を通す働きで発汗となります。麻黄は節をとったものが理想とされていますが、節があると管としての働きが阻害されるためです。
遠志は帰脾湯、加味帰脾湯、人参養栄湯、天王補心丹、安神定志丸、定癇丸、地黄飲子などに使われています。
現代中医学
気味:苦・辛 温
帰経:心・腎・肺
効能:安神益智、祛痰、消腫の効能のため、心腎不交による不眠、多夢、健忘、驚きやすさ、神志恍惚、咳痰のスッキリしない感じ、瘡瘍腫毒、乳房腫痛に応用されています。
古典
気味:苦 温<神農本草経>
帰経:肝・心・心包<葉天士解本草>
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『神農本草経』と『葉天士解本草』から遠志の働きについて考えたいと思います。
『神農本草経』
気温。味苦。無毒。主咳逆傷中。補不足。除邪気。利九竅。益智慧。耳目聡明不忘。強志。倍力。久服軽身不老。
『葉天士解本草』
遠志気温。稟天春和之木気。入足厥陰肝経。味苦無毒。得地南方之火味。入少陰心経。気温味苦。入厥陰心包絡。気升味降。陽也。
中者脾胃也。傷中。脾胃陽気傷也。遠志味苦下気。気温益陽、気下則咳逆除。陽益則傷中癒也。
補不足者。温苦之品。能補心肝二経之陽不足也。
除邪気者。苦温之気味。能除心肝包絡三経鬱結之邪気也。
気温益陽。陽主開竅。故利九竅。九竅者。耳目鼻各二。口大小便各一也。
味苦清心。心気光明。故益智慧。
心為君主。神明出焉。天君明朗。則五官皆慧。故耳目聡明不忘也。
心之所之謂之志。心霊所以強志。
肝者敢也。遠志暢肝。肝強故力倍。
久服軽身不老者。心安則坎(かん)離交済。十二官皆安。陽平陰秘。血旺気充也。
気温。味苦。無毒。
遠志気温。稟天春和之木気。入足厥陰肝経。味苦無毒。得地南方之火味。入少陰心経。気温味苦。入厥陰心包絡。気升味降。陽也。
遠志は温であり、春和の木気をうけ、厥陰肝経に入ります。味は苦く、無毒、南方の火味で少陰心経に入ります。気温・味苦は厥陰心包経にも入ります。気は升、味は降。
主咳逆傷中。
中者脾胃也。傷中。脾胃陽気傷也。遠志味苦下気。気温益陽、気下則咳逆除。陽益則傷中癒也。
脾胃は中であり、中を傷つけるということは脾胃の陽気が損傷しているということです。遠志は苦味にて下気し、気温にて陽を益するため、気が下に向かうことで咳は落ち着きます。陽を益することで傷中を癒します。人参養栄湯に遠志は入っており、コタローの添付文書には”咳嗽がとれずに”ときちんと書いてあります。
補不足。
補不足者。温苦之品。能補心肝二経之陽不足也。
遠志は温苦の生薬であり、心・肝の二経の陽の不足を補います(苦味は心に入り、温は肝を暢ばすため)。
除邪気。
除邪気者。苦温之気味。能除心肝包絡三経鬱結之邪気也。
遠志は苦・温の生薬であり、心・肝・心包の三経の邪気の鬱血をよく解きます。
利九竅。
気温益陽。陽主開竅。故利九竅。九竅者。耳目鼻各二。口大小便各一也。
温性にて陽を益し、陽は開竅する働きがあるため、ゆえに遠志は九竅を通利します。
益智慧。
味苦清心。心気光明。故益智慧。
遠志は苦味で心を清します。心気が明るくなることで智慧を益します。
耳目聡明不忘。
心為君主。神明出焉。天君明朗。則五官皆慧。故耳目聡明不忘也。
心は君主之官であり、神明が生じるところです。天である心が明朗であることで五官(目・耳・鼻・舌・皮膚)すべて機敏に働きます。ゆえに遠志は耳目聡明不忘となります。市販でも販売されているオンジはこの効能から効能効果がついていると考えられます。
強志。
心之所之謂之志。心霊所以強志。
倍力。
肝者敢也。遠志暢肝。肝強故力倍。
遠志は気温にて肝を暢ばし、肝の働きが強くなることで力が増します。
久服軽身不老。
久服軽身不老者。心安則坎(かん)離交済。十二官皆安。陽平陰秘。血旺気充也。